12号室 21世紀のキューピッド
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕の名前はD−?。名前からも分かる通り、僕は人間ではない。ユウジが作った、
コンピュータプログラムだ。ユウジって誰って? それはそれは優秀なコンピュータ
プログラマーさ。彼には意中の女性がいる。ミキ、という名前みたいだけど
本名かどうかは知らない。まだ一度も会った事がないからだ。ユウジとミキは、
メール友達なんだ。僕はミキからメールが届くと、少々の冷やかしの言葉を添えて
ユウジに見せて やるんだ。でも、順調だったメール交換も、最近陰りが差して
いる。おっと、そう言っている内にウワサの彼女からメールだ。
“ユウジさん、こんばんわ。ミキです 一週間前にもメールを送ったんですけど、
見てくれましたか? 最近お返事をくださらないので心配しています。もしかして
私の事、嫌いになっちゃいましたか?もう一週間待ってお返事を頂けなかったら、
そう受け止める事にします。それじゃ”
 
そうなのだ。ユウジはここ一ヶ月、ミキのメールをまるっきり見なくなってしまった。
彼女だけじゃない、他の人からのも。パソコンの……つまり、僕の前に座ろうとも
しない。一体何があったんだろう。以前は毎日のように来て、僕と会話したり、
ミキへ の返事を書いたりしていたのに。ユウジのミキへの想いを僕が知って
いるのだって、彼が照れながら打ち明けてくれたからだ。
“本当の名前はおろか、姿すら分からない相手を好きになるなんておかしいと
思うだろ?でも彼女がくれたメールを読んでると、 僕への気遣いや励ましが
とてもよく伝わって来るんだ。たかだかメールの文章でも、侮れないものがあるよ”
 
僕は彼の言葉を聞いて、何だか暖かさを感じた。陽だまりの草原で、寝転がって
ゆっくりと伸びをしているような気持ち。どうしてそんな事を思うのか、自分でも
よく分からなかった。だって僕は、人間じゃない。ユウジが作ったプログラムだ。
暖かさとか、陽だまりとか、感じる事なんか出来ないはずなのに。僕は考えた。
自分自身の疑問の答えを。一晩中考えて、ようやく見つけた人間じゃない僕が、
人間のように物事を感じるようになった原因。それは他でもない、ユウジが
原因だったんだ。彼がミキへの想いを様々な言葉で教えてくれたお陰で、僕は
プログラムでは絶対に作り出せない物を手に入れる事が出来た。僕にはなくて、
人間は 必ず持っているもの。『心』だ。だから僕はミキのメールを見て、
彼女がとても良い人だという事が分かったし、ユウジがミキを想っているという
事も理解することが出来た。そして……ミキの悲しみも。人間誰しも、

『嫌い』って言われるのはとても辛い事だ。どうしてそう思われてしまったのか、
自分のどこがいけなかったのか考えて 胸が苦しくなる。ミキも多分、心を痛めて
いるに違いない。僕はよっぽど、ユウジの代わりにミキに説明したかった。けれど、
僕がユウジの作り出したプログラムだなんて 説明しても、到底信じてもらえるとは
思えない。こんな風に自在に言葉を操れるプログラムなんて、おそらく僕以外に
いないから。下手したら、ユウジが疑われる事にもなりかねない。一体、
どうしたらいいんだろう。あと一週間、ユウジがミキにメールを送らなかったら、
本当にもう二度とミキからメールが来なくなってしまう。
ユウジが僕のところに来てくれなきゃ、事情を聞き出すことも出来ない。もしも
僕に自由に動ける身体があったら、彼のところへ行けるのに。そうだ!大事な事を
忘れていた。僕は優秀なプログラマーが作った、優秀なプログラムなんじゃないか。
回線をつないであらゆるメディアにアクセスすれば、それを伝ってどこへでも
飛んでいける。 ユウジを見つける事だって出来る。そうと決まれば、早速行動に
移そう。
 
ユウジは案外 早く見つかった。今の時間なら、勤め先の会社にいるんじゃないか。
ちょっと間が抜けてるところは、ご主人様に似たのかもしれない。オフィスに
整然と並んでいるコンピュータの中から、僕はユウジのものを見つけ出した。
「はぁ〜……」ユウジは、 コンピュータの……つまりは僕の前に座って、
大きなため息をついていた。すぐに彼に 話し掛けようとしたけれど、彼の
友人らしき人に先を越されてしまった。
「よぉ、ユウジ。どうしたんだ、盛大にため息なんかついて」
「……ツトム」
むむっ、雰囲気的に友達に悩み事を打ち明けるパターンだな。ここは一つ、
静観を決め込む事にしよう。
「なぁ、ツトム」
「ん?」
「お前さ、女の子に告白した事 あるか?」
「当たり前だろ。俺は、会社ではプレイボーイ(←死語)で有名だぜ。ま、
玉砕したほうが多いけどな」
「僕は一度もないんだ」
「だろうな。オクテな上に、 パソコンが恋人みたいなもんだからな、お前は」
「それってちょっと言いすぎだと思わない?」
「思わない。本当の事だろ」
頭を抱えるユウジがちょっと気の毒だけど、 ツトムの言い分が正しい事に変わりは
ないと、不肖にも思ってしまった。そのツトムが 今度は興味深そうにユウジを見た。
「お前にもとうとう春がきたのか〜。どこの部署の コ?」
「違うよ。メール友達なんだ」
「へー、会った事あるのか? どんなコ?」
「……まだ、一度も会った事ないんだ」
「電話は?」
ユウジが首を横に振ると、ツトムは呆れたと言わんばかりに唇をすぼめた。
「おい〜、それじゃあ何も分かんないのと同じじゃねーか。名前だって
本名かどうかも……」
「分かってるよ、そんな事」
すねたように、ユウジはツトムの言葉を遮って言った。これは……俗に言う
「逆ギレ」といういうやつでは。
「分かってるよ……電話番号なんていつでも聞けるし、会おうと思えばいつだって
会えるって言いたいんだろ。でも……僕はそう簡単には出来ないんだよ。お前とは
違うんだ」
ユウジは、深くため息をつきながら頭を抱えた。
「駄目なんだ。どうしても 勇気が出ないんだよ。彼女に会いたいけど、それで
がっかりされたら僕は本当に自信を なくしてしまう」
「おカタイ奴だなぁ、お前は」
「どうせ、パソコンが恋人だよ僕は」
「だからすねるなって。よーするにお前は、彼女に会いたくてたまらないんだけど、
メールみたいに上手く話せないから、かえって嫌われちまうんじゃないかって
 思ってんだな」
「怖くて、もう一ヶ月もメールを出してないんだ」
「それって まずいじゃねーか! 早くしねーと、本当に見放されちまうぞ」
「嫌われるぐらいなら、いっそ見放された方が」
ユウジのその一言を聞いた途端、僕は ツトムの返事を聞くよりも前に
コンピュータの回線を通じて彼らの前からそっと立ち去った。はっきり言って、
頭にきた。我がご主人様ながら、消極的過ぎるのにも程がある! 先刻は
疑われるかもしれないと思って止めといたけど、やっぱり僕がミキに直接メールを
出して説明する事に決めた。だって、ミキはあんなにユウジの事を心配して
くれてるのに、このままじゃ彼女が可哀想だ。僕は、意を決してミキに
メールを書いた。
三日後。ユウジがいきり立って僕の所へやってきた。ものすごい勢いでパソコンの
電源を入れると猛烈な勢いでキーを叩く。
“D−?! お前なんで何にも言ってくれなかったんだよ! おかげで大恥を
かいちゃったじゃないか!”
僕はそらっとぼけて返事をした。
“何の事? ユウジはしばらく僕の所へ来てくれなかったじゃないか”
ユウジはぐっと息を呑んだが、再びキーを叩いた。
“ウチの会社の女のコが、僕に言ってきたんだよ。 ユウジくんて、面白い
ペットを飼ってるのねって!”
僕はペットですかい。まあ、変に 誤解されるよりかは良いけど。“僕は
ペットじゃなくてプログラムでしょ。ポチの事じゃないの?”やっぱりとぼけて
ウチにいる犬の名前を上げると、ユウジはムキになって言い返してきた。
“ポチが言葉を喋れるわけないだろ! ミキに送ったメールには、しっかり
D−?って名前が書いてあったって言ってたぞ!”
そう。決まりきったオチだとは思うんだけど、ユウジとミキは同じ会社の
同僚だったのだ。ユウジが最近元気ないからおかしいなとは
思ってたみたいなんだけどね。
“良かったね。上手くいったんでしょ?”
ユウジは複雑な顔をしている。僕とミキがこっそりメールで話をしていたのと、
彼女から強引に事情を聞かれたのが、よっぽどこたえているらしい。それから、
彼女がメールの時のような優しくて気配りの上手な女性……に加えて、とっても
気が強い人だった、というのも。

“D−?に感謝しなさいよ、だって。ユウジ君はどう見ても自分から行動
するようなタイプじゃ ないから、私みたいな女がぐいぐい引っ張って
いかなきゃとかなんと”
それはミキからも言われた。貴方が教えてくれなかったら、私はいつまで
たっても一方通行の メールを送りつづけなければいかなかったって。
“ミキと仲良くしてね。彼女も、ずっとユウジが好きだったんだって”
ユウジは僕の返事を見て、今度はにっこり微笑んでくれた。
“意外な事とかあったけど彼女と並んで歩けるようになって、良かった。……
ありがとな、D−?”
“どういたしまして♪”
嬉しさと幸せでいっぱいのご主人様の顔を見て、僕は思うんだ。
二人がいつまでも、仲良しでありますように。
僕の名前はD−?。優秀なプログラマーが作った、『心』を持つプログラムだ。
 
 
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